と豊世は独語《ひとりごと》のように言った。
「奥様、何卒《どうか》まあ、一日も早く旦那様の方へ御一緒に御成遊ばすように……」と老婆は腰を延ばして、「私も、何か頂きたくて、これまで御世話を致したのじゃ御座いません。奥様がこうして御一人でいらっしゃるのが、私は心配で堪《たま》りません……御留守居は最早沢山で御座いますよ……」
この奉公人は、リョウマチ気《け》のある手を揉《も》み揉み言っていた。
豊世は水に近い空の見える方へ行った。川蒸汽や荷舟は相変らず隅田川《すみだがわ》を往復しつつあった。玻璃障子の直ぐ外にある植込には、萩《はぎ》や薔薇《ばら》などを石垣の外までも這《は》わせて、正太がよく眼を悦《よろこ》ばした場所である。豊世は、その玻璃障子も他の造作と一緒に売ろうと考えた。
長く手入もせずに置いた草木は、そこに柔かな芽を吹いていた。それを見ると、幾年か前の春が彼女の胸に浮んだ。橋本の姑《しゅうとめ》が寝物語に、男の機嫌《きげん》の取りようなぞを聞かされて、それにまた初心らしく耳傾けたことは、夢のように成った。相場師の妻らしく粧おうとして、自然と彼女は風俗《みなり》をもつくった。女に出来ることで、放縦な夫の心を悦ばすようなことは、何でもした。それほど夫の心まかせに成ったのも、何卒《どうか》して夫の愛を一身に集めたいと思ったからで……夫の胸に巣くう可恐《おそろ》しい病毒、それが果して夫の言うように、精神の過労から発したのか、それとも夫が遊蕩《ゆうとう》の報酬《むくい》か、殆んど彼女には差別のつかないものに思われた。
二月の末頃、正太は一度名古屋から上京したこともあった。その時は顔色も悪く、唯|瘠我慢《やせがまん》で押通しているような人であった。「旦那様は御自分じゃ、十年も生きるようなことを仰って被入《いら》っしゃいますが……どうして私の御見受申したところでは、二三年もむずかしゅう御座いますよ」と老婆は蔭で豊世に言った。二三日|逗留《とうりゅう》した正太の身体からは、毎晩のように、激しい、冷い寝汗が流れた。まるで生命の油が尽きて行くかのように。それを豊世は海綿で拭《ふ》き取ってやったことも有った。
その時の夫の言葉を、彼女は思出した。
「看護婦さん、足でも撫《さす》っておくれ……」
と夫は言ったが、それを玻璃障子のところで繰返してみた。彼女はまだ女の盛りである
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