な顔をして、
「そこだに」
と直ぐ眼前《めのまえ》にある桑畠を指して見せた。
連の男は迎えに来た。村を横に切れて、田畠の間の細い道を小山の方へ登ると、小泉の先祖が建立《こんりゅう》したという古い寺がある。復た三吉は独りで山腹の墓地へ廻って見た。寺の名と同じ戒名《かいみょう》を刻んだ先祖の墓の前を通り過ぎて、墓地の出はずれまで行った。その眺望の好い、静かな一区域は、父母の眠っている場所だ。幸作に頼んで作った新しい墓石は墳《つか》の前に建ててあった。
幼い記憶が浮んで来た。以前から見ると明るく成った樹木の間から、三吉は村の家々を望んだ。「旦那衆」の住居は多くは焼けて小さく成った。昔は頭の挙らなかった百姓の部落の方に沢山新らしい家が建込んでいた。
旧い馴染《なじみ》の人達は、何時《いつ》までも三吉を独りにしては置かなかった。その翌日は、彼は寺の広間で、墓参の為に集って来た遠い近い親戚とか、出入の百姓とか、その他小泉の昔を忘れずにいる男や女の多勢ゴチャゴチャ集った中に居た。
三日目に三吉は以前の隣家へ移った。大きな酒屋を営んでいた家で、小泉の屋敷跡も今ではその所有に成っている。二階の客間は、丁度以前の小泉の奥座敷と同じ向にあって、遠い美濃《みの》の平野を一段高く望まれるような位置にある。そこへ主人は三吉を誘った。桑畠は直ぐ石垣の下にあった。忠寛の書院、母やお倉のよく縫物をした仲の間、実の居た「くつろぎ」の間、上段、離れ、会所などと名のつけてあった広い部屋々々の跡は、眼下《めのした》に見ることが出来る。温厚な長者らしい主人は、自分も往時《むかし》を思出したという風で、三吉と一緒に縁側に立って、あそこに井戸があった、ここに倉があった、と指して見せた。忠寛の座敷牢のあったという木小屋の辺《あたり》は未だ残っていた。三吉が祖母の隠居していた二階建の離れには、今は主人の老母が住むとのことであった。
「や、小泉さんに進《あ》げるものが有る」
と主人は、手を鳴らして酒を呼んだ後で、桑畠の中から掘出されたという忠寛の石印を三つばかり三吉の前に置いた。
古い鏡も掘出されたことを、主人は語った。忠寛の書院の前にあった牡丹《ぼたん》は、焼跡から芽を吹いて、今でも大きな白い花が咲く。こんな話もした。
この明るい二階へも、村の人や三吉の学校友達が押掛けて来た。以前は、「オイ、三公」な
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