から助けられている。碁で言えば、まあ捨石だ。俺が身内を助けるのは、捨石を打ってるんだ」
「どうでしょう、その碁の局面を全然《すっかり》変えて了ったら――」
「どうすれば可いと言うんだ、一体……」
「ですから、こう新生活を始めてみたらと思うんです――田舎《いなか》へでも御帰りに成ったらどうでしょう――私はその方が好さそうに思います。どこまでも貴方は、地方の人で可いじゃ有りませんか、小泉森彦で……それには、田舎へでも退いて、身《からだ》の閑《ひま》な時には耕す、果樹でも何でも植える、用のある時だけ東京へ出て来る、それだけでも貴方には好かろうと思うんです」
「何かい、お前は俺にこの旅舎を引揚げろと言うのかい」と言って、森彦は穴の開くほど弟の顔を眺めて、「そんなことが出来るものかよ。今ここで俺が田舎へでも帰って御覧……」
「面白いじゃ有りませんか」
「馬鹿言え。そんなことを俺が為《し》ようものなら、今日まで俺の力に成ってくれた人は、必《きっ》と驚いて死んで了う……」
その時、三吉は久し振だから鰻飯《うなぎめし》を奢《おご》ると言出して、それを女中に命ずるようにと、兄に頼んだ。
「稀《たま》にはこういう話もしないと不可《いかん》」と三吉が尻《しり》を落付けた。「飯でも食って、それから復た話そうじゃ有りませんか」
森彦は手を鳴らした。
夕飯の後、三吉は兄が一生に遡《さかのぼ》って、今日に到るまでのことを委《くわ》しく聞こうとした。森彦が事業の主なものと言えば、八年の歳月を故郷の山林の為に費したことで有った。話がその事に成ると、森彦は感|極《きわ》まるという風で、日頃話好な人が好く語れない位であった。巣山《すやま》、明山《あきやま》の差別、無智な人民の盗伐などは、三吉も聞知っていることであるが、猶《なお》森彦は地方を代表して上京したそもそもから、終《しまい》には一文の手宛《てあて》をも受けず、すべて自弁でこの長い困難な交渉に当ったこと、その尽力の結果として、毎年一万円ずつの官金が故郷の町村へ配布されていること、多くの山林には五木《ごぼく》が植付けられつつあることなぞを、弟に語り聞かせた。
「あの時」と森彦は火鉢の上で両手を揉《も》んで、「Mさんが郷里《くに》の総代で俺の許《ところ》へ来て、小泉、貴様はこの事件の為に何程《いくら》費《つか》った、それを書いて出せ、と言うか
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