く、俺《おれ》は行って見て来る」
こう三吉が妻に言って置いて、午後の三時頃に家を出た。
森彦は旅舎の方で弟を待受けていた。二階には、相変らず熊の毛皮なぞを敷いて、窓に向いた方は書斎、火鉢《ひばち》の置いてあるところは応接間のように、一つの部屋が順序よく取片付けてあった。三吉が訪ねて行った時は、茶も入れるばかりに用意してあった。
「や」
と森彦は弟を迎えた。
何時《いつ》まで経っても兄弟は同じような気分で向い合った。兄の頭は余程|禿《は》げて来た。弟の鬢《びん》には白いやつが眼につくほど光った。未だそれでも、森彦はどこか子供のように三吉を思っていた。弟の前に菓子なぞを出して勧めて、
「今日お前を呼んだのは他でも無いが……実はエムの一件でネ」
彼は切出した。
森彦が言うには、今度という今度は話の持って行きどころに困った。日頃金主と頼む同志の友は病んでいる。一時融通の道が絶えた、ここを切開いて行かないことには多年の望を遂げることも叶《かな》わぬ……人は誰しも窮する時がある、それを思って一肌《ひとはだ》脱いでくれ、親類に迷惑を掛けるというは元より素志に背《そむ》くが、二百円ばかり欲《ほ》しい、是非頼む、弟に話した。
三吉は困ったような顔をした。
「お前の収入が不定なことも、俺は知っている。しかしこの際どうにか成らんか。一時のことだ――人は大きく困らないで、小さく困るようなものだよ」と森彦は附添《つけた》して言った。
しばらく三吉は考えていたが、やがて兄の勧める茶を飲んで、
「貴方のは人を助けて、自分で困ってる……今日《こんにち》までの遣方《やりかた》で行けば、こう成って来るのは自然の勢じゃ有りませんか。私はよくそう思うんですが、貴方にしろ、私にしろ、吾儕《われわれ》兄弟の一生……いろいろ人の知らない苦労をして……その骨折が何に成ったかというに、大抵身内のものの為に費されて了《しま》ったようなものです」
「今更そんなことを言っても仕方が無いぞ」
「いえ、私はそうじゃ無いと思います。稀《たま》にはこういうことも思って、心の持ち方を変えるが好いと思います」
「でも俺は差当り困る」
「いえ、差当ってのことで無く、根本的に――」
森彦は弟の言うことを汲取《くみとり》かねるという風で、自分の部屋の内を見廻して、
「お前はそう言うが……俺は身内を助けるから、こうして他人
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