来ないな――」と正太は呟《つぶや》きながら、いくらか勾配のある道を河口の方へ下りた。
隅田川《すみだがわ》が見える。白い、可憐《かれん》な都鳥が飛んでいる。川上の方に見える対岸の町々、煙突の煙なぞが、濁った空気を通して、ゴチャゴチャ二人の眼に映った。
「河の香《におい》からして変って来た。往時《むかし》の隅田川では無いネ」
と三吉は眺め入った。
岸について両国の方へ折れ曲って行くと、小さな公園の前あたりには、種々な人が往《い》ったり来たりしている。男と女の連が幾組となく二人の前を通る。
「正太さん、君は女を見てこの節どんな風に考えるネ」
「さあねえ――」
「何だか僕は……女を見ると苦しく成って来る」
こう話し話し、三吉は正太と並んで、青物市場などのあたりから、浜町河岸の方へ歩いて行った。対岸には大きな煙突が立った。昔の深川風の町々は埋立地の陰に隠れた。正太は川向に住んだ時のことを思出すという風で、あの家へはよく榊《さかき》がやって来て、壮《さか》んに気焔《きえん》を吐いたことなどを言出した。
その時、彼は岸に近く添うて歩きながら、
「榊君と言えば、先生も引込《ひっこみ》きりか……あれで、叔父さん、榊君の遊び方と私の遊び方とは全然《まるっきり》違うんです……先生の恋には、選択は無い。非常に物慾の壮《さか》んな人なんですネ……」
電車が両国の方から恐しい響をさせてやって来たので、しばらく正太の話は途切れた。やがて、彼は微笑《ほほえ》んで、
「そこへ行くと、私は選む……一流でないものは、妓《おんな》でも話せないような気がする……私は交際《つきあい》で引手茶屋なぞへ行きましても、クダラナい女なぞを相手にして、騒ぐ気には成れません。隣室《となり》へ酒を出して置いて、私は独《ひと》りで寝転《ねころ》びながら本なぞを読みます。すると茶屋の姉さんが『橋本さん、貴方は妙な方ですネ』なんて……」
二人は電車の音のしないところへ出た。その辺は直樹の家に近かった。昔時《むかし》、直樹の父親が、釣竿《つりざお》を手にしては二町ばかりある家の方からやって来て、その辺の柳並木の陰で、僅《わず》かの閑《ひま》を自分のものとして楽んだものであった。その人が腰掛けた石も、河岸の並木も大抵どうか成って了った。柳が二三本残った。三吉と正太は立って眺めた。潮が沖の方から溢《あふ》れて来る時
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