、とある。名倉とは、大島先生が取持とうとする娘の生家《さと》である。
「来る来るとは言っても、この電報を見ないうちは安心が出来なかった。先《ま》ず好かった――実に俺《おれ》は心配したよ」
こう実はお倉を奥座敷へ呼んで言って、早速稲垣をも呼びにやった。稲垣は飛んで来た。
「へえ、名倉さんでは最早《もう》御発ちに成ったんですか。船やら――汽車やら――遠方をやって来るなんて容易じゃ有りません」
と稲垣も膝《ひざ》を進める。賑《にぎや》かな笑声は急に家の内に溢《あふ》れて来た。
実の机の上には、何処《どこ》の料理店で式を挙げて、料理は幾品、凡《およ》そ幾人前、酒が幾合ずつ、半玉が幾人《いくたり》、こう事細かに書いた物が用意してあった。
「時に、銚子《ちょうし》を持つ役ですが」と実は稲垣の方を見て、「君の許《とこ》の娘を借りて、俊と、二人出そうと思いましたがね、それも面倒だし……いっそ雛妓《おしゃく》を頼むことにしました」
「その方が世話なくて好い」とお倉が言葉を添える。「雄蝶《おちょう》、雌蝶《めちょう》だなんて、娘達に教えるばかりでも大変ですよ」
「いや、そうして頂けば難有《ありがた》
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