大島先生があの娘の家へ行って泊ってたことも有るそうだ」と復《ま》た実が言った。「その時話が出たものだろう。父親さんという人が又余程変ってるらしいナ」
 こう実は種々《いろいろ》と先方の噂《うわさ》をして、「三吉も、それでもお嫁さんを貰うように成ったかナア――早いものだ」などと言って笑った。実が前垂掛で胡坐《あぐら》にやっている側には、大きな桐《きり》の机が置いてあって、その深い抽斗《ひきだし》の中に平常《いつも》小使が入れてある。お倉は夫の背後《うしろ》へ廻って要《い》るだけの銭の音をさせて、やがて用事ありげに勝手の方へ出て行った。
「宗さんを措《お》いて、僕が家を持つのも変なものですネ」と三吉は言出した。
「あんな者はダチカン」と実は思わず国の言葉を出した。「どれ程俺が彼《あれ》に言って聞かせて、貴様は最早死んだ者だ、そう思って温順《おとな》しくしておれ、悟《さとり》を開いたような気分でおれッて、平常《しょっちゅう》言うんだが……それが彼には解らない」
「どうしてあんな風に成っちまったものですかナア」
「放蕩《ほうとう》の報酬《むくい》サ」
「余程|質《たち》の悪い婦女《おんな》にで
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