なにしろ三吉のような貧しい思をして来た人ではなかった。彼は負債も無いかわりに、財産も無い。再三彼は辞退してみた。しかし大島先生の方では、一書生に娘を嫁《かたづ》かせようという先方の親の量見をも能《よ》く知っているとのことで、「万事|俺《おれ》が引受けた」と実はまた呑込顔《のみこみがお》でいる。こんな訳で、三吉はこの縁談を兄に一任した。
「お雪さんなら、必《きっ》と好かろうと思いますよ」とお倉もそこへ来て、大島先生から話のあった人の名を言って、この縁談に賛成の意を表した。
「なにしろ、大島先生の話では、先方《さき》の父親《おとっ》さんが可愛がってる娘《こ》だそうだ」と実も言った。「俺はまあ見ないから知らんが、父親さんに気に入る位なら必ず好かろう」
「私は能く知ってる」とお倉は引取て、
「脚気《かっけ》で房州の方へ行きました時に、あの娘《こ》と、それからもう一人|同年齢位《おないどしぐらい》な娘と、学校の先生に連れられて来ていまして一月程一緒に居ましたもの――尤《もっと》もあの頃は年もいかないし、御友達と一緒に貝を拾って、大騒ぎするような時でしたがね――あの娘なら、私が請合う」
「それに、
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