いのい」は弟達を笑わせた。
「真実《ほんと》に、有る物は皆な分けてくれて了ったようなものですよ」とお倉は思出したように、「それが旧《むかし》からの習慣で……小泉の家はそういうものと成っていましたから……吾夫《やど》もね、それも未だ少壮《わか》い時に、どうでもこうでも小泉の旦那に出て貰わんければ、村が治まらないなんて言われて、村長にまで引張り出されたことが有りましたよ。あの時だって、村の為に自分の物まで持出してサ……父親《おとっ》さんは又、癇《かん》の起る度に家を飛出す。峠の爺を頼んで連れて来て貰うたッて、お金でしょう。何度《なんたび》にか山や林を売りました。所詮《とても》これではヤリキレないと言って、それから吾夫《やど》が郡役所などへ勤めるように成ったんです。事業に手を出し始めてからだっても、そうですよ。一度でも自分に得したことは無い……何時《いつ》でも損ばかり……苦しいもんですから種々な人を使用《つか》う気に成る、そうしちゃあ他《ひと》の分まで皆な自分で背負込んで了う……それを思うと、私は吾夫《やど》が気の毒にも成ってサ」
 思わず嫂は弟達や稲垣の細君を前に置いて話し込んだ。
「そう
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