のような生活《くらし》じゃ仕様が有りません……まるで浮いてるんですもの……」
こうお倉も嘆息した。
故郷《ふるさと》にあった小泉の家――その焼けない前のことは、何時までもお倉に取って忘れられなかった。橋本の写真を見るにつけても、彼女はそれを言出さずにいられなかった。三吉は又《ま》たこの嫂の話を聞いて、旧《ふる》い旧い記憶を引出されるような気がした。門の内には古い椿《つばき》の樹が有って、よくその実で油を絞ったものだ。大名を泊める為に設けたとかいう玄関の次には、母や嫂《あによめ》の機《はた》を織る場所に使用《つか》った板の間もあった。広い部屋がいくつか有って、そこから美濃《みの》の平野が遠く絵のように眺められた。阿爺《おやじ》の書院の前には松、牡丹《ぼたん》なども有った。寒くなると、毎朝家のものが集って、土地の習慣として焼たての芋焼餅《いもやきもち》に大根おろしを添えて、その息の出るやつをフウフウ言って食い、夜に成れば顔の熱《ほて》るような火を焚《た》いて、百姓の爺《じじ》が草履《ぞうり》を作りながら、奥山で狐火《きつねび》の燃える話などをした、そういう楽しい炉辺もあった。
小
前へ
次へ
全293ページ中75ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング