顔は、沈鬱《ちんうつ》な、厳粛な忠寛の容貌《おもばせ》をそのまま見るように撮《と》れた。三吉の眼にも、木曾で毎日一緒に居た姉の笑顔を見るような気がしなかった。
「達雄さんもフケましたね」と復たお倉が言った。
「おばさん、御覧なさい」とお倉は稲垣の細君に指して見せて、「達雄さんと姉さんとは同年齢《おないどし》の夫婦なんですよ」
「へえ、木曾の姉さんはこういう方ですか」と細君も横から。
「正太さんはすこし下を向き過ぎましたね。お仙ちゃんが一番よく撮れました」とお倉が言う。
「どうしても、無心だで」こう宗蔵は附添《つけた》した。
 三吉は、達雄の傍にいる大番頭が特に日蔭の場所を択《えら》んだことを言って笑った。嘉助の禿頭《はげあたま》は余計に光って撮れた。大きな石の多い庭、横手に高く見える蔵の白壁、日の映《あた》った傾斜の一部――この写真に入った光景《ありさま》だけでも、田園生活の静かさを思わせる。
「こういう処で暮したら、さぞ暢気《のんき》で宜《よ》う御座んしょうね――お金でも有って」と稲垣の細君が言った。「何卒《どうか》、まあ皆さんに早く儲《もう》けて頂いて……」
「真実《ほんと》に、今
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