君、『へえ未だ生きてますか』というと同じことだ。僕の兄弟は、皆な――僕が早く死ねば可《い》いと思って待ってる。ははははは。食わしてくれれば食うし、食わしてくれなければそれまでサ」
 復《ま》た例の調子が始まった、と三吉は思った。
 この小泉の家の内の空気は、三吉に取って堪えがたく思われた。格子戸《こうしど》を開けて、空を見に出ると、ついそこが町の角にあたる。本郷から湯島へ通う可成《かなり》広い道路が左右に展《ひら》けている。


 橋本から写真の着いた日は、実は用達《ようたし》に出て家にいなかったが、その他のものは宗蔵の部屋に集まって眺めた。稲垣の細君は亭主と言合ったとかで、平素《いつも》に似合わない元気の無い顔をして来ていた。めずらしい写真が来た為に、何時《いつ》の間にかこの細君も其方へ釣込まれた。
「まあ、それでも、橋本の姉さんは父親《おとっ》さんに克《よ》く肖《に》て来ましたこと」とお倉が思わず言出した。
 宗蔵も眺め入って、「成程《なるほど》、阿爺にソックリだ」
「姉さんはそんなコワい顔じゃ有りませんがね――こうして見ると、阿爺が出て来たようです」と三吉も言った。
 お種の写真
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