《いたま》しい眼付をした。「僕に言わせると、ここの家の遣方《やりかた》は丁度あの文晁だ……皆な虚偽《うそ》だ……虚偽の生活《くらし》だ……」
あまり宗蔵が無遠慮な悪口をつき始めたので、お倉は夫の重荷を憐《あわれ》むような口調に成って行った。
「そう宗さんのように坊さんみたようなこと言ったって……何も交際《つきあい》の道具ですもの……もともと有って始めた事業じゃないんですもの……贅沢だ、贅沢だと言う人から、すこし考えてくれなくちゃ――こんな御菜《おかず》じゃ食われないの、何のッて」と言ってお倉は三吉の方を見て、「ねえ三吉さん、兄さんにお刺身を取ったって、家の者に附けない時は有りまさあね」
「食わないのは、損だから……」
こう宗蔵は捨鉢《すてばち》の本性を顕《あら》わして、左の手で巻煙草を吸付けた。
その時、「三吉さん、御帰りだそうですね」と声を掛けながら、格子戸を開けて入って来た人があった。この人は稲垣と言って、近くに家を借りて、実の事業を助けている。
「今ね、家へ帰って、飯を一ぱいやってそれから出て来ました」と稲垣は煙草入を取出した。「三吉さんが御帰りなすったと言うから、それじあ
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