旦那でも何でもない。散々御取持をさせて置いて、ぷいと引揚げて行って了《しま》った。兄さんも不覚だったネ。稲垣《いながき》まで付いていてサ。加《おまけ》に、君、その旦那を紹介した男が、旅費が無くなったと言って、吾家《うち》へ転《ころ》がり込んで来る……その男は可哀想《かわいそう》だとしたところで、旅費まで持たして、発《た》たして遣るなんて……ツ……御話にも何も成りゃしないやね」
「真実《ほんとう》に、あんな馬鹿々々しい目に遇《あ》ったことは無い――考えたばかりでも業《ごう》が煎《い》れる」と嫂も言った。
「僕は、君、悪《にく》まれ口《ぐち》を利くのも厭《いや》だと思うから、黙って見ていたがネ」と宗蔵は病身らしい不安な眼付をして、「この調子で進んで行ったら、小泉の家は今にどうなるだろうと思うよ」
「例の車の方はどんな具合ですか」こう三吉が聞いた。
「なんでも、未だ工場で試験中だということですが、事業が大き過ぎるんですもの」と嫂が言う。
「借財が大きいから自然こういうことに成って来る」と宗蔵も考えて、「なにしろまあ、ウマクやって貰わないことには……僕は兄さんの為に心配する……復《ま》た同じ事
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