りはすこし褪《さ》めて、灰色に凋落《ちょうらく》して行くさまが最早隠されずにある。
「吾夫《やど》もね、染めるのも可いが、俺《おれ》の見ないところで染めてくれ――なんて」と言って、お倉は笑って、「今からこんなお婆《ばあ》さんに成っては、真実《ほんと》に心細い……私はまだお嫁さんに来た時の気分でいるのに……」
「いや、全く姉さんはお嫁に来た時の気分だ――感心だ」と宗蔵が眼で笑いながら。
「人を馬鹿にしなさんな」
とお倉はいくらか国訛《くになまり》の残った調子で言った。この嫂は酷《ひど》く宗蔵を忌嫌《いみきら》っていたが、でも話相手には成る。
「それはそうと、三吉さん」と宗蔵は無感覚に成った右の手を左で癖のように揉《も》みながら、「君の留守に大芝居サ。八王子の方の豪家という触込《ふれこみ》で、取巻が多勢|随《つ》いて、兄さんの事業《しごと》を見に来た男がある。なにしろ、君、触込が触込だから、是方《こっち》でも、朝晩のように宿舎《やどや》へ詰めて、話は料理屋でする、見物には案内する、酒だ、芸妓《げいしゃ》だ――そりゃあもう御機嫌《ごきげん》の取るだけ取ったと思い給え。ところが、それが豪家の
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