》も先生の御宅へ通うように成りましたよ。日曜々々にネ」とお倉が横から。
「へえ、蘭から習わせるネ」と三吉も開けてみて、「西洋画とは大分|方法《やりかた》が違うナ――お俊ちゃんは好《すき》だから、必《きっ》と描けるように成りましょう」
「娘には反《かえ》ってこの方が好い」と宗蔵も言った。「なにも、女の画家《えかき》に成らなくたっても可《い》いんだから」
 実は娘の習った画を嬉しそうに眺めて、やがて町を散歩して来ると言って独《ひと》りで出て行った。彼は弟からシミジミ旅の話などを聞こうとしなかった。弟は話せないものと成っていた。


 夫の前では言おうと思うことも言い得ないでいるお倉は、実が散歩に出て行った後、宗蔵や三吉の談話《はなし》の仲間に加わった。この三人は、実が長く家を留守にした間、互に艱難《かんなん》を嘗《な》め尽したという心の結合《むすびつき》が有る。弱いお倉、病身の宗蔵は、僅《わず》かに三吉を力にして、生命《いのち》を継《つな》いで来たようなものだった。
「姉さんも白く成りましたね」
 と三吉は嫂《あによめ》の額を眺《なが》めた。お倉は髪を染めてはいるが、生際《はえぎわ》のあた
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