の御馳走《ごちそう》に成るかナ」
 こんなことを言って、細く瘠《や》せた左の手で肉叉《ホオク》や匙《さじ》を持添えながら食った。宗蔵は箸《はし》が持てなかった。で、こういうものを買って宛行《あてが》われている。
「宗さん、不相変《あいかわらず》いけますね」と三吉が戯れて言った。
「不相変いけますねとは、失敬な」と宗蔵は叱るように。
「ええええ、いけるどころじゃない」とお倉は引取って、「病人のくせに、宗さんの食べるには驚いちまう」
 宗蔵は兄の前をも憚《はばか》らないという風で、食客同様の人とも見えなかった。それがまた実には小癪《こしゃく》に触《さわ》るかして、病人なら病人らしくしろという眼付をしたが、口に出して何も言おうとはしなかった。平素《ふだん》から実は宗蔵とあまり言葉も交さなかった。唯――「一家の団欒《だんらん》、一家の団欒」この声が絶ず実の心の底に響いていた。
 食後に、三吉は番茶を飲みながら、旅の話を始めた。実は娘の方を見て、
「俊、お前の習った画を三吉叔父さんにお目に懸けないか」
 こう言われて、お俊は奥座敷の方から画手本だの画草紙だのを持って来た。
「お蔭様で、彼女《あれ
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