る。突当りの窓の外は直ぐ細い路地で、簾越《すだれご》しに隣の家の側面も見える。
夕飯時に近かった。実は長火鉢の側に膳《ぜん》を控えて、先ずオシキセをやりながら、三吉から橋本の家の様子を簡単に聴取《ききと》った。
「木曾の姉さんからの御土産《おみやげ》です」
とお倉はオズオズとした調子で言って、三吉が持って来た蜂の子の煎付《いりつ》けたのを皿に載せて出した。
実が家長としての威厳は何時《いつ》までも変らなかった。彼は、家の外では極《きわ》めて円滑な人として通っていたが、家の者に対《むか》っては厳格過ぎる位。丁度|往時《むかし》故郷の広い楽しい炉辺《ろばた》で、ややもすると嫌味《いやみ》なことを言う老祖母《おばあ》さんを前に置いて、碌々《ろくろく》口も利《き》かずに食った若夫婦の時代と同じように、何時まで経ってもそう打解けた様子を妻に見せなかった。
「お種さんも御変りは御座いませんか」
こうお倉は三吉に尋ねながら、弟や娘の為にも膳を用意した。
宗蔵は三吉と相対《さしむかい》に胡坐《あぐら》にやった。「どうも胡坐をかかないと、食ったような気がしないネ――へえ、久し振で田舎《いなか》
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