る場合にも着物は木綿で通すという主義であった。彼の胸には種々なことがある。故郷の広い屋敷跡――山――畠――田――林――すべてそういう人手に渡って了《しま》ったものは、是非とも回復せねばならぬ。祖先に対しても、又自分の名誉の為にも。それから嵩《かさ》なり嵩なった多くの負債の仕末をせねば成らぬ。
新しく起って来た三吉が結婚の話――それも良縁と思われるから、弟に勧めて、なるべく纏《まと》まるように運ばねばならぬ。こう思い耽《ふけ》っているところへ、弟が旅から帰って来た。
「只今《ただいま》」
と三吉は玄関のところから日に焼けた顔を出した。
もし正太に適当な嫁でも有ったら、こんなことまで頼まれて帰って来た三吉の眼には、いかにも都の町中《まちなか》の住居《すまい》が窮屈に映った。玄関の次の部屋には、病気でブラブラしている宗蔵兄がいる。片隅《かたすみ》へ寄せて乳呑児《ちのみご》が寝かしてある。縁側のところには、姪《めい》のお俊が遊んでいる。その次の長火鉢《ながひばち》の置いてある部屋は勝手に続いて、そこには嫂《あによめ》のお倉と二十《はたち》ばかりに成る下女とが出たり入ったりして働いてい
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