案内したは、奥座敷の横に建増した納戸《なんど》で、箪笥《たんす》だの、鏡台だの、その他|種々《いろいろ》な道具が置並べてある。襖《ふすま》には、亡《な》くなった橋本の老祖母さんの里方の縁続きにあたる歌人の短冊《たんざく》などが張付けてある。
「私が橋本へ来るに就いて、髪を結う部屋が無くては都合が悪かろうと言って、ここの老祖母さんが心配して造って下すった――老祖母さんはナカナカ届いた人でしたからね」とお種は説き聞かせた。
「へえ、その時分は姉さんも若かったんでしょうネ」と三吉が笑った。
「そりゃそうサ、お前さん――」と言いかけて、お種も笑って、「考えて御覧な――私がお嫁に来たのは、今のお仙より若い時なんですもの」
薬研《やげん》で物を刻《おろ》す音が壁に響いて来る。部屋の障子の開いたところから、斜《はす》に中の間の一部が見られる。そこには番頭や手代が集って、先祖からこの家に伝わった製薬の仕事を励んでいる。時々盛んな笑声も起る……
「何かまた嘉助が笑わしていると見えるわい」
と言いながら、お種は弟を導いて、奥座敷の暗い入口から炉辺の方へ出た。大きな看板の置いてある店の横を通り過ぎると、
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