方で受取った。小泉の実と橋本の達雄とは、義理ある兄弟の中でも殊《こと》に相許している仲で、旧《ふる》い家を相続したことも似ているし、地方の「旦那衆」として知られたことも似ているし、年齢《とし》から言ってもそう沢山違っていなかった。
実は、達雄のように武士として、又薬の家の主人《あるじ》としての阿爺《おやじ》を持たなかったが、そのかわりに、一村の父として、大地主としての阿爺を持った。父の忠寛は一生を煩悶《はんもん》に終ったような人で、思い余っては故郷を飛出して行って国事の為に奔走するという風であったから、実が十七の年には最早家を任せられる程の境涯にあった。彼は少壮《としわか》な孝子で、又|可傷《いたま》しい犠牲者であった。父の亡くなる頃は、彼も地方に居て、郡会議員、県会議員などに選ばれ、多くの尊敬を払われたものであったが、その後都会へ出て種々な事業に携《たずさわ》るように成ってから、失敗の生涯ばかり続いた。製氷を手始めとして、後から後から大きな穴が開いた。
不図《ふと》した身の蹉跌《つまずき》から、彼も入獄の苦痛を嘗《な》めて来た人である。赤|煉瓦《れんが》の大きな門の前には、弟の宗
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