ごと》だぞや」
お春はお仙の傍へ寄った。お種は三吉の方を見て、
「ええええ、これだから眼が離されない……真実《ほんとう》にこういうところは極《ごく》子供だ……そう言えば、お前さん、今年の春もね、正太のお友達が寄って吾家《うち》で歌留多《かるた》をしたことが有った。山瀬さんも来た。あの人は正太とは仲好だから、お仙を側《そば》へ呼んで、貴方《あなた》もお仲間で御取りなさいなッて――ネ。山瀬さんがそう言って下すった。するとお仙が山瀬さんの膝《ひざ》に凭《もた》れて……まあ、無邪気なと言って無邪気な……兄さんだから好いの、お友達だから悪いの、そんな区別はすこしも無いようだ。罪の無い者だぞや」こう話し聞かせた。
その晩は、若いものに取って、一年のうちの最も楽しい時の一つであった。夕方から橋本の家でも皆な盆踊を見に行くことを許された。涼しい夏の夜の空気は祭の夜以上の楽しさを思わせる。暗いが、星はある。恋しい風の吹く寺の境内の方へ自然と人の足は向いて行った。
叔母の家に帰ることを許されたお春も、人に誘われて、この光景《ありさま》を見に行った。大きな輪を作って、足拍子|揃《そろ》えて、歌いながら
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