って、当惑したという顔付で、終《しまい》には口を「ホウ、ホウ」言わせた。復た、お仙は庖丁を取直した。
何程の厚さに切れば、大略《おおよそ》同じ程に揃《そろ》えられるか、その見当がお仙には付きかねた。薄く切ってみたり、厚く切ってみたりした。彼女の手は震えて来た。
お春はそれとも気付かずに、何となく沈着《おちつ》かないという様子をして、別なことを考えながら働いていた。何もかもこの娘には楽しかった。新しい着物に新しい前垂を掛けて働くということも楽しかった。晩には暇が出て、叔母の家へ遊びに行かれるということも楽しかった。
墓参りに行った人達が帰って来た。お種は直に娘の様子を看《み》て取った。お仙の指からはすこし血が流れていた。
「大方こんなことだらずと思った」とお種は言った。「お仙ちゃん、母親《おっか》さんが御手伝しますよ――お前さんに御手本を置いて行かなかったのは、私が悪かった」
お仙は途方に暮れたという顔付をしている。
「これ、袂糞《たもとぐそ》でも付けさんしょ」とお種は気を揉《も》んで、「折角《せっかく》今日は髪まで結って、皆な面白く遊ぼうという日だに、指なぞを切っては大事《おお
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