ものも有った。慾に目の無い町の商人は、簪《かんざし》を押付け、飲食《のみくい》する物を売り、多くの労働の報酬《むくい》を一晩に擲《なげう》たせる算段をした。町の中央にある広い暗い場処では踊も始まった。
祭の光景《ありさま》を見て廻った後、一しきりは三吉も御輿に取付いて、跣足《はだし》に尻端折《しりはしょり》で、人と同じように「宗助――幸助」と叫びながら押してみたが、やがて額に流れる汗を拭《ふ》きつつ橋本の家の方へ帰って来た。足を洗って、三吉は涼しい風の来る表座敷へ行った。そこで畳の上に毛脛《けずね》を投出した。
「三吉帰ったかい」
こう言いながら、お種も団扇《うちわ》を持って入って来た。
「私も横に成るわい。今夜は二人で話さまいかや」
と復たお種が言って、弟の側に寝転《ねころ》んだ。東京にある小泉の家のことは自然と姉の話に上った。相続人《あととり》の実も今度はよくやってくれればいいがということ、次の森彦からも暫時《しばらく》便《たよ》りが無いこと、宗蔵の病気もどうかということ、それからそれへと姉の話は弟達の噂《うわさ》に移って、結局吾子のことに落ちて行った。お種は三吉の考えないよ
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