てましょう。殊《こと》に是処《ここ》のは荒神様《あらがみさま》で通っていますから、あの大きな御輿を町中|転《ころ》がして歩くんです。終《しまい》に、神社の立木へ持ってッて、輿を担《かつ》ぐ棒までヘシ折って了う。その為に毎年白木で新調するんです――エライことをやりますよ。髭《ひげ》の生《はえ》た人まで頬冠で揉《も》みに出るんですからネ」
乾いた咽喉を霑《うるお》した後、復た正太は出て行った。
「宗助――幸助――宗助――幸助」
と小僧が手拭《てぬぐい》を首に巻付けて出て行くのを見ると、三吉も姉の傍に静止《じっと》していられないような気がした。
夜に入って、谷底の町は歓楽の世界と化した。花やかに光る提灯の影には、祭を見ようとする男女の群が集って、狭い通を潮のように往来した。押しつ押されつする御輿の地を打つ響、争い叫ぶ若者の声なぞは、人々の胸を波打つようにさせる。王滝川の岸に添うて二里も三里もある道を歌いながら通って来る幾組かの娘達は、いずれも連に離《はぐ》れまいとし、人に踏まれまいとして、この群集の中を互に手を引合って歩いた。中には雑踏《ひとごみ》に紛れて知らない男を罵《ののし》る
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