る表門のところには、時ならぬ紅白の花が掛かった。小僧達も新しい仕着《しきせ》に着更えて、晴々しい顔付をして、提灯《ちょうちん》のかげを出たり入ったりした。
 お種は表座敷へ来て、
「三吉、お前さんは羽織が有るまいがナ」
 と弟の顔を眺めた。三吉もサッパリとした単衣《ひとえ》に着更えていた。
「羽織なんか要《い》りません。これで沢山です」と三吉が言った。
「正太の紋付を貸すで――今に吾家《うち》の前を御輿《みこし》が通るから、そうしたら兄さん達と一緒に出て見よや」
「借着をして祭を見るのも変なものですナア」
「何が変なものか。旅では、お前さん、それが普通《あたりまえ》だ」
「私はどうでも可《よ》う御座んすが、姉さんが着た方が可いと思うなら、借りましょう――」
 旅で祭に遇《あ》った直樹は、方々の親類から招《よ》ばれて、出て行った。正太を始め、薬方の若衆も皆な遊びに出た。町の方が賑《にぎや》かなだけ、家の内は寂しい。
「姉さん」と三吉は、姉が羽織を出しに行く序《ついで》に、物を頼むという風で、「この節私は夢を見て困りますが、身体《からだ》の故《せい》じゃないかと思うんです……サフランでも有
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