りましたか」とお種が聞いた。
「ええ……有りました」と三吉は気の無い返事をする。
お種は、二人が睦《むつ》まじそうに語る様子を眺めて、やがて出て行った。
若いもの同志の話は木曾|少女《おとめ》の美しいことに落ちて行った。その時、三吉は姉から聞いた娘のことを言出して、正太の意中を叩《たた》いてみた。正太は、唯、あわれに思うというだけのことを泄《も》らした。彼の心では、そんな話を聞いて貰う前に、何故《なぜ》に自分の恋が穢《けが》れて行くかを語りたかったのである。
暫時《しばらく》二人は無言でいた。
「しかし、叔父さん――この町にも種々《いろいろ》な青年が有りますがね、どうも家にばかり居るような人は面白味が有りません……やっぱり働きもすれば遊びもする、そういう人の方が話せるようですね」こう正太が言出した。
香ばしい「ネブ茶」を飲み、巻煙草《まきたばこ》を燻《ふか》しながら、叔父|甥《おい》は話し続けた。正太の方は実業に志し、東京へ出た時は主に塗物染物のことを調べ、傍《かたわ》ら絵画の知識をも得ようとしたものであったが、性来物を感受《うけい》れる力に富むところから、三吉などの向いて
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