番末の弟にあたる三吉と、ある知人《しりびと》の子息《むすこ》とであった。この子息の方は直樹と言って、中学へ通っている青年で、三吉のことを「兄さん、兄さん」と呼んでいる。都会で成長した直樹は、初めて旅らしい旅をして、初めて父母の故郷を見たと言っている。二人は橋本の家で一夏を送ろうとして来たのであった。
「御客様は炉辺がめずらしいそうですから、ここで一緒に頂きましょう」
とお種はそこへ来て膳に就《つ》いた夫の達雄に言った。三吉、直樹の二人もその傍に古風な膳を控えた。
「正太は?」
と達雄は、そこに自分の子息が見えないのを物足らなく思うという風で、お種に聞いてみる。
「山瀬へ行ったそうですから、復《ま》た御呼ばれでしょう」
こうお種は答えた。
蠅《はえ》は多かった。やがてお春の給仕で、一同食事を始めた。御家大事と勤め顔な大番頭の嘉助親子、年若な幸作、その他手代小僧なども、旦那や御新造《ごしんぞ》の背後《うしろ》を通って、各自《めいめい》定まった席に着いた。奉公人の中には、二代、三代も前からこうして通って来るのも有る。この人達は、普通に雇い雇われる者とは違って、寧《むし》ろ主従の関係に
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