うなりに従順《すなお》に動いた。最早|処女《おとめ》の盛りを思わせる年頃で、背は母よりも高い位であるが、子供の時分に一度|煩《わずら》ったことがあって、それから精神《こころ》の発育が遅れた。自然と親の側《そば》を離れることの出来ないものに成っている。お種は絶えず娘の保護を怠らないという風で、物を言付けるにも、なるべく静かな、解《わか》り易《やす》い調子で言って、無邪気な頭脳《あたま》の内部《なか》を混雑させまいとした。お種は又、娘の友達にもと思って、普通の下婢のようにはお春を取扱っていなかった。髪もお仙の結う度《たび》に結わせ、夜はお仙と同じ部屋に寝かしてやった。
 主人《あるじ》や客をはじめ、奉公人の膳が各自《めいめい》の順でそこへ並べられた。心の好いお仙は自分より年少《としした》の下婢の機嫌《きげん》をも損《そこ》ねまいとする風である。
 仕度の出来た頃、母はお春と一緒に働いている娘の有様を人形のように眺《なが》めながら、
「お仙や、仕度が出来ましたからね、御客様にそう言っていらっしゃい」
 と言われて、お仙はそれを告げに奥の部屋の方へ行った。


 東京からの客というは、お種が一
前へ 次へ
全293ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング