が燃えた。この大きな、古風な、どこか厳《いかめ》しい屋造《やづくり》の内へ静かな光線を導くものは、高い明窓《あかりまど》で、その小障子の開いたところから青く透き徹《とお》るような空が見える。
「カルサン」という労働の袴《はかま》を着けた百姓が、裏の井戸から冷い水を汲《く》んで、流許へ担《かつ》いで来た。お種はこの隠居にも食わせることを忘れてはいなかった。
 お種は夫と一緒に都会の生活を送ったことも有り――娘のお仙が生れたのは丁度その東京時代であったが、こうして地方にも最早《もう》長いこと暮しているので、話す言葉が種々《いろいろ》に混って出て来る。
「お春や」とお種は下婢の名を呼んで尋ねてみた。「正太はどうしたろう」
「若|旦那《だんな》様かなし。あの山瀬へお出《いで》たぞなし」
 こう十七ばかりに成るお春が答えたが、その娘らしい頬《ほお》は何の意味もなく紅《あか》く成った。
「また御友達のところで話し込んでると見える」とお種は考え深い眼付をして、やがて娘のお仙の方を見て、「山瀬へ行くと、いつでも長いから、昼飯《ひる》には帰るまい――兄さんのお膳《ぜん》は別にして置けや」
 お仙は母の言
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