家(上巻)
島崎藤村

−−
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)昼飯《ひる》

|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)若|旦那《だんな》様

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、底本のページと行数)
(例)※[#「※」は「○の中にナ」、82−15]
−−

        一

 橋本の家の台所では昼飯《ひる》の仕度に忙しかった。平素《ふだん》ですら男の奉公人だけでも、大番頭から小僧まで入れて、都合六人のものが口を預けている。そこへ東京からの客がある。家族を合せると、十三人の食う物は作らねばならぬ。三度々々この仕度をするのは、主婦のお種に取って、一仕事であった。とはいえ、こういう生活に慣れて来たお種は、娘や下婢《おんな》を相手にして、まめまめしく働いた。
 炉辺《ろばた》は広かった。その一部分は艶々《つやつや》と光る戸棚《とだな》や、清潔な板の間で、流許《ながしもと》で用意したものは直にそれを炉の方へ運ぶことが出来た。暗い屋根裏からは、煤《すす》けた竹筒の自在鍵《じざいかぎ》が釣るしてあって、その下で夏でも火
次へ
全293ページ中1ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング