ような年配の理学士が有ったが、この人は花の束を持って来て、夫婦の乗った汽車の窓へ差入れた。その日は牧野も洋服姿でやって来て、それとなく見送っていた。
「困る。困る」
 とお菊は泣出しそうに成った。この児は始めて汽車に乗ったので、急にそこいらの物が動き出した時は、周章《あわ》てて父親へしがみ着いた。
 ウネウネと続いた草屋根、土壁、柿の梢《こずえ》、石垣の多い桑畑などは次第に汽車の窓から消えた……
 汽車が上州の平野へ下りた頃、三吉は窓から首を出して、もう一度山の方を見ようとした。浅間の煙は雲に隠れてよく見えなかった。
 乗換えてから、客が多かった。三吉は立っていなければ成らない位で、子持がそこへ坐って了えば、子供の方は一人しか腰掛ける場処も無かった。お房とお菊とは、かわりばんこに腰掛けた。お繁はまた母に抱かれたまま泣出して、乳を宛行《あてが》われても、揺《ゆす》られても、泣止《なきや》まなかった。お雪は持余《もてあま》した。仕方なしにお繁を負《おぶ》って、窓の側で起《た》ったり坐ったりした。
 午後の四時頃に、親子五人は新宿の停車場へ着いた。例の仕事が出来上るまでは、質素にして暮さなけ
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