った。一方の窓から射し込む光線は沢山《たくさん》積んである本箱や古びた道具の類を照らして見せた。姉は今一つの窓をも開けて、そこにあるのは祖母《おばあ》さんが嫁に来た時の長持、ここにあるのは自分の長持、と弟に指して話し聞かせた。三吉は自由に橋本の蔵書を猟《あさ》ることを許された。
姉は出て行った。三吉は本箱の前を彼方是方《あちこち》と見て廻った。その時、彼は未だ自分の生れた家の焼けない前に一度帰省して阿爺《おやじ》の蔵書を見たことを思出して、それをこの家のに比べてみた。ここのはそれ程豊富では無かった。三吉の阿爺が心酔したような本居《もとおり》派の学説に関する著述だの、万葉や古事記の研究だの、和漢の史類だの、詩歌の集だの、そういうものは少なかったが、そのかわり橋本の家に特有な武術、武道などのことを書いた写本が沢山ある。経書《けいしょ》、子類《しるい》もある。誰が集めたものか漢訳の旧約全書などもある。見て行くと、三吉の興味を引くような書目は少なかった。窓に寄せて、大きな柳行李《やなぎごうり》の蓋《ふた》が取ってあって、その中に達雄の筆で表題を書いたものが幾冊か取散してある。旧《ふる》い日記
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