雪洞《ぼんぼり》を点《とも》して表座敷の方へ見に行った。三吉と直樹とは最早《もう》枕を並べて眠っていたが、まだ正太は帰らなかった。お種は表庭から門のところへ出て、押せば潜《くぐ》り戸《ど》の開くようにして置いた。厳《きび》しい表庭の戸締も掛金だけ掛けずに置いたは、可愛い子の為であった。
二
大森林に連続《つづ》いた谷間《たにあい》の町でも、さすがに暑い日は有った。三吉は橋本の表座敷に籠《こも》って、一夏かかって若い思想《かんがえ》を纏《まと》めようとしていた。姉は仕事に疲れた弟を慰めようとして、暇のある時は、この家に伝わる陶器、漆器、香具《こうぐ》の類《たぐい》などを出して来て見せた。ある日、お種は大きな鍵《かぎ》を手にしながら、裏の土蔵の方へ弟を導いて行った。
高い白壁の隣には、丁度物置蔵と反対の位置に、屋根の低い味噌蔵《みそぐら》がある。姉はその前に立って、大きな味噌|桶《おけ》を弟に覗《のぞ》かせて、毎日食膳に上る手製の醤油《たまり》はその中で造られることなどを話して、それから厳重な金網張の戸の閉った土蔵の内部《なか》へ三吉を案内した。
二階は広く薄暗か
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