の許《とこ》へでも遊びに行ったんでしょう」とお俊が答える。
「俊、鶴《つう》ちゃんの免状は何処にあったっけねえ。伯母さんにお目に掛けたら……まあ、あの娘《こ》も学校が好きでして、試験と言えば賞を頂いて参ります」
こんな話をしながら、お倉は吸付けた長煙管の口を一寸袖で拭《ふ》いて、款待顔《もてなしがお》にお種の方へ出した。狭い廂間《ひあわい》から射し入る光は、窓の外を明るくした。簾《すだれ》越しに隣の下駄職《げたしょく》の労苦する光景《さま》も見える。溝《どぶ》の蒸されるにおいもして来る。
母に言付けられて、お俊は次の間に置いてある桐《きり》の机の方へ行った。実の使用《つか》っていた机だ。その抽匣《ひきだし》の中から、最近に来た父の手紙を取出した。
お倉は鼠色の封筒に入った獄中の消息をお種に見せて、声を低くした。「ここにも御座います通り、橋本さんへも宜敷《よろしく》申すようにッて」
「実は何事《なんに》も外部《そと》のことを知らずにいるんでしょうよ」とお種は嘆息した。
暫時《しばらく》女同志は無言でいた。お倉は聞いて貰う積りで、
「なにしろ、貴方、長い間の留守ですから、私も途
前へ
次へ
全293ページ中261ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング