の家が東京へ引越したばかりの頃、一度彼女は母と一緒に成ったことや、その時も夫がある女に関係して、その為に長年薬方を勤めた大番頭の一人が怒って暇を取ったことや、その時こそは夫婦別をしようかとまで彼女も悲しく思ったことや、それからその時ぎり母にも逢えなかったことなどを胸に浮べて行った。
小泉の家も段々小さく成った。ある狭い路地を入って、溝板《どぶいた》の上を踏んで行くと、そこには種々な生活を営む人達が一種の陰気な世界を形造っている。お種は薄暗い格子戸の前に立った。
「誰方《どなた》?」
こう若々しい声で言って、内から顔を出したのは、お俊であった。
「母親さん――橋本の伯母《おば》さんが被入《いら》しってよ」
と復た娘は奥の方へ声を掛けた。橋本の伯母と聞いて、お倉は古びた簾《すだれ》の影から這出《はいだ》した。毎年のようにお倉は脚気《かっけ》を煩《わずら》うので、その夏も臥《ね》たり起きたりして、二人の娘を相手に侘《わび》しい女暮しをしているのである。
過去った日を思わせるような、こういう住居《すまい》に不似合なほど大きい長火鉢《ながひばち》の側で、女同志は話した。
「三吉が来いと言
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