老祖母の生家の方でも、お種を欲しいということで、折角好ましく思った橋本の縁談も破れるばかりに成ったことが有った。それを破ろうとした人が老祖母だ。母は老祖母への義理を思って、すでに橋本の方を断りかけた。もしあの時《とき》……お種が自害して果てる程の決心を起さなかったら、あるいは達雄と夫婦に成れなかったかも知れない……
 思いあまって我と我身を傷《きずつ》けようとした娘らしさ、母に見つかって救われた当時の光景《さま》、それからそれへとお種の胸に浮んで来た。
 これ程の思をして橋本へ嫁いて来たお種である。その志は、正太を腹《おなか》に持ち、お仙を腹に持った後までも、変らない積であった。人には言えない彼女の長い病気――実はそれも夫の放蕩《ほうとう》の結果であった。彼女は身を食《くわ》れる程の苦痛にも耐えた――夫を愛した――
 ここまで思い続けると、お種は頭脳《あたま》の内部《なか》が錯乱して来て、終《しまい》には何にも考えることが出来なかった。
「ああ、こんなことを思うだけ、私は足りないんだ……私が側に居ないではどんなにか旦那も不自由を成さるだろう……」
 とお種は、濡《ぬ》れた身《からだ》を
前へ 次へ
全293ページ中235ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング