えた。旅の手荷物もそこそこに取纏《とりまと》めた。
 船までは、林の隠居や細君が一緒に見送りたいと言出した。お種はこの人達に励まされながら豊世と連立って、宿を出た。まだ朝のことで、湯の流れる川について、古風な町々を通過ぎると、やがて国府津通いの汽船の形が眼に見えるところへ出て来た。船頭は艀《はしけ》の用意をしていた。
 最早節句の栄螺《さざえ》を積んだ船が下田の方から通って来る時節である。遠い山国とはまるで気候が違っていた。お種は旅で伊豆の春に逢うかと思うと、夫に別れてから以来の事を今更のように考えてみて、海岸の砂の上へ倒れかかりそうな眩暈《めまい》心地《ごこち》に成った。
「母親さん、母親さん、すっかり御病気を癒《なお》して来て下さいよ。私は東京の方で御待ち申しますよ……真実《ほんと》に、母親さんの側に居て進《あ》げたいんですけれど」
 と言って、嫁は艀の方へ急いだ。
 お種は林の隠居、細君と共に、豊世を乗せた汽船の方を望みながら立っていた。別離《わかれ》を告げて出て行くような汽笛の音は港の空に高く響き渡った。お種の眼前《めのまえ》には、青い、明るい海だけ残った。


 宿へ戻って、
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