かった。
 何時の間にかお仙も母の傍へ来て、皆なの話に耳を傾けていた。やがて母が気が付いた頃は、お仙の姿が見えなかった。お種は起って行って、何気なく次の部屋を覗《のぞ》いて見た。
「お仙、そんなところで何をしてるや……」
 娘は答えなかった。
「この娘《こ》は、まあ、妙な娘だぞい。お嫁さんの話を聞いて哀《かな》しく成るような者が何処《どこ》にあらず」とお種は娘を慰撫《なだ》めるように。
「お仙ちゃん、どうしました」こう三吉が縁側のところから聞いた。
 お種は三吉の方を振返って見て、「お仙はこれで極く涙脆《なみだもろ》いぞや。兄さんに何か言われても直に涙が出る……」


 その晩、三吉は少量《すこし》ばかりの酒に酔ったと言って、表座敷の方へ横に成りに行き、嘉助も風呂を貰って入りに裏口の方へ廻った。奥座敷には達雄夫婦二人ぎりと成った。まだ正太は町から帰って来なかった。
 お種は立ちがけに、一寸《ちょっと》夫の顔を眺めて、「正太もあれで三吉叔父さんとは仲が好いぞなし――叔父さんには何でも話す様子だ」
「そうだろうナア。年齢《とし》から言っても、丁度好い友達だからナア」と達雄が答える。
「貴方
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