答えた。お雪は夫が奉公人というものを克《よ》く知らないと思っている――どんなに下婢が自分の命令《いいつけ》を守らないか、どんなに子供をヒドくするか、そんなことは一向御構いなしだ、こう思っている。
「責めないって、そう聞えらア」と復た三吉が言った。
「私が何時責めるようなことを言いました」とお雪は憤然《むっ》とする。
「お前の調子が責めてるじゃないか」
「調子は私の持前です」
「お前が父親《おとっ》さんに言う時の調子と、今のとは違うように聞えるぜ」
「誰が親と奉公人と一緒にして、物を言うやつが有るもんですか。こんな奉公人の前で、親の恥まで曝《さら》さなくっても可《よ》う御坐んす」
「解らないことを言うナア――なにも、そんな訳で親を舁《かつ》ぎ出したんじゃなし――奉公人は親ぐらいに思っていなくって使われるかい」
奉公人そッちのけにして、三吉とお雪とはこんな風に言合った。その時、お房は何事が起ったかと言ったような眼付をして、親達の顔を見比べた。下婢は下婢で、隅《すみ》の方に小さく成って震えていた。
「女中のことで言合をするなぞは――馬鹿々々しい」と三吉は思い直した。そして、自分等夫婦も、何
前へ
次へ
全293ページ中208ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング