彼は若い志望を擲《なげう》とうとしたり、落胆の極に沈んだりして、多くの暗い年月を送ったもので有った。
実が残して行った家族――お倉、娘二人、それから他へ預けられている宗蔵、この人達は、森彦と三吉とで養うより外にどうすることも出来なかった。それを森彦が相談して寄した。この東京からの消息を、三吉はお雪に見せて、実にヤリキレないという眼付をした。
「まあ、実兄さんもどうなすったと言んでしょうねえ」
と言って、お雪も呆《あき》れた。夫婦は一層の艱難《かんなん》を覚悟しなければ成らなかった。
冬至には、三吉の家でも南瓜《かぼちゃ》と蕗味噌《ふきみそ》を祝うことにした。蕗の薹《とう》はお雪が裏の方へ行って、桑畑の間を流れる水の辺《ほとり》から頭を持上げたやつを摘取って来た。復た雪の来そうな空模様であった。三吉は学校から震えて帰って来て、小倉の行燈袴《あんどんばかま》のなりで食卓に就《つ》いた。相変らず子供は母の言うことを聞かないで、茶椀《ちゃわん》を引取るやら、香の物を掴《つか》むやら、自分で箸《はし》を添えて食うと言って、それを宛行《あてが》わなければ割れる様な声を出して泣いた。折角《せっ
前へ
次へ
全293ページ中203ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング