ぜん》を運んで来た。
お種は嘉助の前にも膳を据えて、
「今日は旦那も骨休めだと仰《おっしゃ》るし、三吉も来ているし、何物《なんに》も無いが河魚で一杯出すで、お前もそこで御相伴《ごしょうばん》しよや」
こう言われて、嘉助は癖のように禿頭《はげあたま》を押えた。
「さ、御酌致しましょう」
と嘉助は遠慮深い膝を進めた。この人は前垂を〆《し》めてはいるが、武術の心得も有るらしい体格で、大きな律義《りちぎ》そうな手を出して、旦那や客に酒を勧めた。
何時《いつ》の間にか話も若旦那のことに落ちて行った。お種は台所の方にも気を配りながら、時々部屋を出て行くかと思うと、復《ま》た入って来て、皆なと一緒に息子のことを心配した。
「いッそのこと、その娘を貰ってやったら可いじゃ有りませんか」三吉は書生流儀に言出した。
「そんな馬鹿なことが出来るもんですかね」とお種は嘲《あざけ》るように言って、「お前さんは何事《なんに》も知らないからそんなことを言うけれど」
「それに、お前さま」と嘉助は引取って、紅《あか》く充血した眼で客の方を見て、「娘の親というものが気に入りません……これは、まあ、私の邪推かも知《し
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