思います」
 西は記者の横顔を眺めた。
 記者は嘆息して、三吉の方を見た。「貴方なぞは仕事を成さる時に、何かこう自然から借金でも有って、日常《しょっちゅう》それを返さなけりゃ成らない、と責められて、否応《いやおう》なしに成さるようなことは有りませんか――私はね、それで苦しくって堪《たま》りません。自分が何か為《し》なければ成らない、と心で責められて、それで仕方なしに仕事を為ているんです。仕事を為ないではいられない。為《す》れば苦しい。ですから――ああああ、毎日々々、彼方是方《あっちこっち》と馳《かけ》ずり廻って新聞を書くのかナア――そんなことをして、この生涯が何に成る――とまあ思うんです」
「そりゃあ君、確かに新聞記者なぞを為ている故《せい》だよ」と西が横槍《よこやり》を入れた。「廃《よ》してみ給え――新聞を長く書いてると、必《きっ》とそういう病気に罹《かか》る」
「ところがそうじゃ無いねえ」と記者は力を入れて、「私もすこしは楽な時が有って、食う為に働かんでも可いという時代が有りました。やっぱり駄目です。今私が新聞屋を廃《や》めて、学校の教員に成ってみたところが、その生涯がどうなる……
前へ 次へ
全293ページ中191ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング