「解るは、よかった」達雄は笑った。
 お種は三吉の方を見て、「すこし込入った話に成ると、お仙には好く解らない風だ。そのかわり、奇麗な気分のものだぞや」
「真実《ほんと》に、好い姉さんに成りましたネ」と三吉が言う。
「彼女《あれ》も最早《もう》女ですよ。その事は私がよく言って聞かせて、誰にでも普通《あたりまえ》に有ることだからッて教えて置いたもんですから、ちゃんと承知してる。こうして大きく成って、可惜《おし》いようなものだが、仕方が無い。行く行くは一軒別にでもして、彼女が独りで静かに暮せるようだったら、それが何よりですよ」
「そんなことをしないたッて、お婿さんを貰ってやるが可い」と三吉は戯れるように言った。
「叔父さんはああいうことを言う……」
 とお仙は呆《あき》れて、笑い転げるように新座敷へ逃出した。


 風呂が沸いたと言って、下婢《おんな》のお春が告げに来た頃、先ず達雄は連日の疲労を忘れに行った。
「お仙、ちゃっと髪を結って了《しま》わまいかや」とお種は、炉辺へ来て待っている髪結を呼んで、古風な鏡台だの櫛箱《くしばこ》だのを新座敷の方へ取出した。
「三吉。すこし御免なさいよ」とお
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