う達雄が言った。
「何卒《どうか》まあウマくやって貰わないと――橋本の家に取っては大事な人だで」とお種は三吉の方を見て、「兄さんもこの節は彼のことばかり心配してますよ。吾家《うち》でも、御蔭で、大分商法が盛んに成って、一頃から見ると倍も薬が売れる。この調子で行きさえすれば内輪《うちわ》は楽なものなんですよ。他に何も心配は無い。唯、彼が……」と言いかけて、声を低くして、「近頃懇意にする娘が有るだテ」
「有りそうなことだ」と三吉は正太を弁護するように言う。
「お前さんは直にそうだ」とお種は叱って見せて、「若いものの肩ばかり持つもんじゃ有りませんよ」
「やはりこの町の人ですか」と三吉が聞いた。
「ええ、そうですよ」とお種は受けて、「兄さんにしろ、私にしろ、どうもそこが気に入らん」
こういう話をして居る間、お仙は手持無沙汰《てもちぶさた》に起《た》ったり坐ったりして、時には親達の話の中で解ったと思うことが有る度に、独《ひと》り微笑《ほほえ》んだりしていたが、つと母の傍へ寄った。
「お仙ちゃん、御話が解りますかネ」とお種は母らしい調子で言った。
「ええ、解る」とお仙は両親の顔を見比べながら。
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