まないので、三吉は抱取って、庭の方へ行って見せるやら、でんでん太皷だの笛だのを取出して見せるやら、種々にして賺《すか》したが、どうしてもお房の気に入らなかった。
 お房の発熱は、大人の病気と違って、さまざまなことを夫婦に考えさせた。その夜は二人とも、熱臭い子供の枕許に集って、一晩中寝ずにも看護をしようとした。やがてお房は熟睡した。熱もそうタイしたことでは無いらしかった。三吉はお房の寝顔を眺めていたが、そのうちに疲労《つかれ》が出て、眠くなった。
 何時の間にか三吉は時と場所の区別も無いような世界の中に居た。そこには、唯恐しさがあった。無智な子供のような恐しさがあった……見ると病室だ。出たり入ったりしているのは医者らしい人達だ。寝台《ねだい》の上に横たわっている婦人は曾根だ。曾根は三吉に蒼《あお》ざめた手を出して見せて、自分の病気はここに在《あ》ると言う。人差指には小さい穴が二つ開いている。痛そうに血が浸染《にじ》んでいる。医者が来て、その穴へU字形の針金を填《は》めると、そんな酷《ひど》いことをしてどうすると叫びながら、病人は子供のように泣いた……
 三吉はすこし正気に復《かえ》った。
前へ 次へ
全293ページ中162ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング