が注《つ》いで出した茶を飲んで、やがてまたぷいと部屋を出て行って了った。
達雄は嘆息して、
「三吉さん、お前さんの着いた日から私は聞いてみたい聞いてみたいと思って、まだ言わずにいることが有るんですが……お前さんが持っているその時計ですね……」
「これですか」と三吉は兵児帯《へこおび》の間から銀側時計を取出して、それを大きな卓《つくえ》の上に置いた。
「極く古い時計でサ、裏にこんな彫のしてある――」
「実はその時計のことで……」と達雄は言|淀《よど》んで、「正太を東京へ修業に出しました時に、私が特に注意して、金時計を一つくれてやったんです――まあ、そういう物でも持たしてやれば、普通の書生とも見られまいかと思いまして――ネ。ところが一夏、彼《あれ》が帰って来た時に、他の時計をサゲてる。金時計はどうしたと私が聞きましたら、友達から是非貸してくれと言われて置いて来ました、そのかわり友達のを持って来ました、こう言うじゃありませんか。どうでしょう、その友達の時計が今度来たお前さんの帯の間に挾《はさ》まってる……」
三吉は笑出した。「一体これは宗《そう》さんの時計です。近頃私が宗さんから貰ったん
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