れに、阿爺さんは後から何か持って行ったって、頂きやしません」
幼少の時父に別れた三吉は、こういう老人が訪ねて来たことを珍しく嬉しく思った。父というものは彼がよく知らないようなもので有った。三吉が何時《いつ》までも亡くなった忠寛を畏《おそ》れているように、お雪やお福は又、この老人を畏れた。
名倉の父は二週間ばかり逗留《とうりゅう》して、東京の学校の方へ帰るお福を送りながら、一緒に三吉の家を発《た》って行った。この老人は橋本の姉や小泉の兄の方に無いようなものを後へ残して行った。そして、亡くなった忠寛が手本を残しておいた家の外《ほか》に、全く別の技師が全く別の意匠で作った家もある、ということを三吉に思わせた。「こんな書籍《ほん》を並べて置いたって、売ると成れば紙屑《かみくず》の値段《ねだん》だ」――こう言うほど商人気質《しょうにんかたぎ》の父ではあったが、しかし三吉はこの老人の豪健な気象を認めずにはいられなかった。
翌年の五月には、三吉夫婦はお房という女の児《こ》の親であった。書生は最早居なかった。手の無い家のことで、お雪は七夜《しちや》の翌日から起きて、子供の襁褓《むつき》を洗っ
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