続いている。「お仙や」とお種は茶戸棚の前に坐りながら呼んだ。お仙は次の新座敷に小机を控えて、余念もなく薬の包紙を折っていたが、その時面長な笑顔を出した。
「お前さんも御休みなさい。皆なで御茶を頂きましょう」
とお種に言われて、お仙は母の側へ来て、近過ぎるほど顔を寄せた。母の許を得たということがこの娘に取って何よりも嬉しかった。
三吉も入って来た。
「貴方」とお種は夫の方を見て、「ちょっとまあ見てやって下さい。三吉がそこへ来て坐った様子は、どうしても父親《おとっ》さんですよ……手付《てつき》なぞは兄弟中で彼《あれ》が一番|克《よ》く似てますよ」
「阿爺《おやじ》もこんな不恰好《ぶかっこう》な手でしたかね」と三吉は笑いながら自分の手を眺める。
お種も笑って、「父親さんが言うには、三吉は一番学問の好きな奴だで、彼奴《あいつ》だけには俺《おれ》の事業《しごと》を継がせにゃならん……何卒《どうか》して彼奴だけは俺の子にしたいもんだなんて、よくそう言い言いしたよ」
三吉は姉の顔を眺めた。「あの可畏《こわ》い阿爺が生きていて、私達の為《し》てることを見ようものなら、それこそ大変です。弓の折か
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