はそこに並んでいる二人の娘を見比べた。
「へえ、こういうのが今年出来ました。見て下さい」とお雪は次の部屋に寝かしてあった乳呑児《ちのみご》を抱いて来て見せた。
 三番目もやはり女の児で、お繁《しげ》と言った。お繁は見慣れない伯母を恐れて、母の懐《ふところ》へ顔を隠したが、やがてシクシクやり出した。お雪は笑って乳房を咬《くわ》えさせる。すこし慣れるまで、他《よそ》の方を向いていようなどと言って、お種も笑った。
「房ちゃんは幾歳《いくつ》に成るの?」とお種が手土産《てみやげ》を取出しながら聞いた。
「伯母さんが何歳に成るッて」とお雪も言葉を添える。
「ね、房ちゃんがこれだけで、菊ちゃんがこれだけ」とお房は小さな掌《て》を展《ひろ》げて、指を折って見せた。
「フウン――お前さんが五歳《いつつ》で、菊ちゃんが三歳《みっつ》――そう御悧好《おりこう》じゃ、御褒美《ごほうび》を出さずば成るまい――菊ちゃんにも御土産《おみや》が有りますよ」
「御土産! 御土産!」
 と二人の子供は喜んで、踊って歩いた。
「御行儀を好くしないと伯母さんに笑われますよ。真実《ほんと》にイタズラで仕方が有りません」とお雪が言った。
 親達の側にばかり寄っていたお房は、直に伯母の方に行った。そして、母に勧められて、無邪気な「亀さん」の歌なぞを聞かせた。
 お房の小供らしい声には、聞いている伯母に取って、幼い時分のことまでも思わせるようなものが有った。
「これはウマいもんだ」とお種は左右に首を振った。「もう一つ伯母さんに歌って聞かせとくれ……何年振で伯母さんはそういう声を聞くか知れない……」


 始めて弟の家を見るお種には、草葺《わらぶき》の屋根の下もめずらしかった。お種はお雪に附いて、裏の畠《はたけ》の方まで見て廻って、復《ま》た三吉の居る部屋へ戻って来た。
「オオ、ほんに、柿の樹が有るそうな」とお種は身を曲《こご》めて、庭の隅《すみ》に垂下る枝ぶりを眺《なが》めながら、「嘉助がよく御厄介に成ったもんですから、帰って来てはその話サ――柿だの、李《すもも》だの、それから好い躑躅《つつじ》だのが植えてあるぞなしッて」
 庭には桜、石南花《しゃくなげ》なども有った。林檎《りんご》は軒先に近くて、その葉の影が部屋から外部《そと》を静かにして見せた。
 お雪は乳呑児を抱いて来た。「先刻《さっき》泣いたかと思うと、最早《もう》こんなに笑っています」
「ホ、御機嫌《ごきげん》が直ったそうな」とお種はアヤして見せて、「これは好い児だ」
「私共のようにこう多勢でも困りますけれど、貴方の許《ところ》でも御一人位……」
「どうも豊世には子供が無さそうですテ……」
「真実《ほんと》に、分けて進《あ》げたい位だ」と三吉が笑った。
「くれるなら貰うわい」とお種は串談《じょうだん》のように言って、「しかしこれは皆な持って生れて来るものだゲナ。持って生れて来ただけは産む……そういうように身体に具《そな》わっているものと見えるテ――授からん者は仕方ない」
「なにしろ、私のところなぞは書生ばかりで始めた家でしょう――」と三吉は言った。「菊ちゃんが出来て、私が房ちゃんを抱いて寝なければ成らない時分は、一番困りましたネ……どうしても母親でなけりゃ承知しない……寒い晩に、子供は泣通し……こんなに子供を育てるのは厄介なものかしらんと思って、実際私も泣きたい位でした」
「皆なそうして育って来たのだわい」
「よく書生時代には、男が家を持った為にヘコんで了《しま》うなんて、そんな意気地の無いことがあるもんか、と思いましたッけが――考えてみると、多くの人がヘコむ訳ですネ」
「お雪さん、貴方は今女中無しか」
「ええ、幸い好いのが見つかったかと思いましたら、養蚕をする間、親の方で帰してくれって」
「どうして、それじゃナカナカ骨が折れる」と言って、お種は家の内を眺め廻して、「しかし、お雪さん、私も御手伝いしますよ。今日からは貴方の家の人と思って下さいよ」
 何となくお種は興奮していて、時々自分で制《おさ》えよう制えようとするらしいところが有る。顔色もいくらか蒼《あお》ざめて見える。三吉は姉を休ませたいと思った。
「菊ちゃん、来うや」
 こう訛《なまり》のある、田舎娘らしい調子で言って、お房は妹と一緒に裏の方から入って来た。


「母さん」
 お房は垣根の外で呼んだ。お菊も伯母の背中に負《おぶ》さりながら、一緒に成って呼んだ。子供は伯母に連れられて、町の方から帰ってきた。お種が着いた翌日の夕方のことである。
「オヤ、お提燈《ちょうちん》を買って頂いて――好いこと」お雪は南向の濡縁《ぬれえん》のところに立っていた。
「一寸《ちょっと》そこまで町を見に行って参りました」とお種は垣根の外から声を掛けた。お房は酸漿提燈《ほおずき
前へ 次へ
全74ページ中67ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング